塾の成長をさまたげるありがちな言い訳(5)
「塾っていうのは学校の試験の成績を上げてなんぼだ」
確かにその通りかもしれないけど
そうなのかもしれないけど
そうじゃないかもしれないことについて書こう。
今まで完全に勘違いしていたんですが
大手塾というのは零細塾の巨大版じゃないんですね。
生徒が多いだけじゃなくて独立した教育機関なんだと思いました。
まあ、どんなのが大手っていうかっていうのはお任せしますが、
そうか、勘違いしてました。
最も大切かどうかっていう議論はよくわからないんですが
私がこれからもずっと塾をやっていくならすごく大切なことに気付いたんですが
それは「学校の下請けをやめる」ってことです。
(えっと、興味のない方は読まないでくださいね)
なんでこんな単純なことに気付かなかったんでしょう。
ブログをはじめた頃はもしかしたら言ってたかもしれない。
けれど一回りしたと思う。
あの時とは全然ちがう。
そうか、ものづくりの会社にはメーカーと下請けというものがありますよね。
それで下請けというのは生きていくうえで何ら恥じることはないのですが
やはりメーカーに依存している割合が非常に高いですよね。
ああ、ああ、そうか、そうか、
「下請け根性」と呼ばれるものです。
独自の技術をもった会社のことを誰も下請け会社とは呼びませんよね。
小さな歯車で有名な樹研工業や
小さなモーターで有名なシコー技研とか
そういった会社の商品を直接消費者が購入はしませんが
いたるところにあってわれわれは持ってますよね。
車のなかにあるたくさんのモーターや歯車、例えばスピードメータとか
デジカメのズームとか、
携帯電話のマナーモードのブルブルとか、
ノート型PCのファンとか。
そういう会社の社長の本を今まで読んで
すごいな、すごいな、だけだったんですが
実は大切なことに気付いていなかった。
自分は個人塾だから下請けじゃない、ってどこかで思い込んでたんです。
そういう本では下請けになるなみたいなことが書いてあって(?)
そうだよ、下請けって大変だよな、みたいに他人事だったんです。
けど実際にやっていることといえば
特に中学生ですが学校の下請けだったんですよね。
定期テストの点数をいかに上げるか、とか。
つねに学校の進度に影響を受けて
もっと言えば文科省の学習指導要領に左右されて
愚痴を言ったりしてたんですよね。
「また削減か、なんでだ?」とか。
「ゆとり教育はおかしいよね」とか。
学校の下請け塾を今までやってたんですね。
「私塾の精神」なんてどこにもなかった。
大切だと思うことは「私塾」であるということ。
独立した教育機関であるという認識をもつこと。
そういった視点で見たら
公文式だって私塾であって学校の下請けじゃないし
英会話スクールだって私塾であって下請けじゃない。
「計算しか出来ませんよ」とか「単語書けませんよ」とかっていう批判は
専門店に向かってとんちんかんな要求してるのと同じことだ。
アイスクリーム屋にむかって「お腹いっぱいにならないから」って言ってるのと同じことだ。
あれらが日本全国に広まり大衆の大きな支持を得ているということは
独自の教育機関だということじゃないだろうか?
学校の補完機関という位置づけじゃなくて
あそこに行かなきゃダメっていうことを消費者がわかってるってことじゃないか?
下請けが広く世に支持されるってことはまずないと思う。
下請けは代替がきく。
あそこがだめなら別の店って。
ああ、今日はすごく自分自身納得した。
どうしてほとんどの塾が小さいままで
一地域から出られなくて
生徒募集にやっきになってるかって理由について。
確かに最近知った驚異的な伸びを見せてる塾って専門店です。
見た目はあんまり変わらないからわからないけど
下請けかそうじゃないかってよく見てたらわかるんですよね。
私は学校の下請けはやめます。