算数オリンピックのパイオニア 個別指導のりんご塾

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りんご塾通信

学年が上がるごとに「おもしろくない」という声がでる理由を知っていますか?


先日、とある社長とご飯を食べてたらおっしゃってた。

「何をやってもマネする人は出てくる。

 けどマネされても本質まではマネできない」

という話だった。
 
あいつがやって上手くいったんだから自分もやれるという心理がはたらくらしい。

そうやって上手くいくケースもある。

けれどその後の発展がないそうだ。

動機が違うんだと思う。

「なぜそれをしないといけないのか」というのがはっきりないと続かないだろう

単に「儲かりそうだから」というのは一時的に儲からなかったり

困難に直面すると弱い。

しかも他にもっと儲かりそうなことが出てきたらそっちへ行ってしまう。



上手くいくケースは自分ももともと捜し求めていて

人のやっていることを見てヒントにする場合だけじゃないだろうか?



パズルに関して言えば(儲かるなんて思ってませんが)

儲かるかも、ブームに乗ろうってことだけで10年続けられないと思う。

おそらく1年も続けることができないはずだ。

ブームなんてもともとたいしたことなかったし

そんなものもうどっかへ行っちゃったって思ってる。

この1ヶ月あまり大きな書店には行ってないが

パズル関係の本がどんどん出版されたようには思わない。




パズルとかって言ってるとチャラチャラした印象を与えるかもしれないが

ほとんど気にしたことがない。

あと1年で私は専門家になるし

3年で日本で一番有名な迷路教材作家になる。

そのときには誰も容易には追いつけないところにいる。



あれもこれもやってる人や

副業でやってる人なんかに負けるはずがない。

「才能」?

そんな言葉が有効なほど成熟している世界ではないと思っている。

世界は確かに広いし

日本だってかなり広いのがブログをやってわかった。



ところで教材を作るときにひとは何を考えるのだろうか?

たとえば「5+3」っていうような計算問題を並べるときに

作者は何を表現しているんだろうか?

「5+3」の次は「7+2」だろうか?



まだ小学校1年ならいいのだけど

学年が上がるごとに「おもしろくない」という声がでる理由を知っていますか?

本質的なことを書くと

「そこに表現がないからだ」

ということに尽きます。

「表現って何か?」

それは作者の自己表現のことです。

自己との対話の過程が刻み込まれているかどうかです。


世の中には残念ながら何十万羽というブロイラーが一ヶ所で産んだ卵のような問題が多く流通しています。

特別の卵をつくるように

パズルと迷路で教材をつくりたいと思っています。

どんなにマネされても

自己表現のレベルに達していないようなものは

いずれ消え去ると思っています。

「5+3」で子供と対話できるような

そんな教材をつくりたい。


書いている人

田邉 亨 塾長

滋賀県出身、ニューヨーク市立大学及びぺンシルバニア州立大学で学び、その後大手国際特許事務所、学習塾を経て、現在は彦根市でりんご塾を5教場運営している。2010年より、りんご塾として算数オリンピックに参戦、2014年に小3部門で金メダルと長尾賞を受賞。
2017年は小6部門と小3部門の2冠を達成し、現在は彦根市を中心に幼児から小学6年生までを集め算数とそろばんに特化した塾を展開中。長年、沢山の児童を指導してきた経験から、早い段階での算数の教育の重要性や、算数好きなお子様を育てる家庭のあり方・関わり方等についても全国で講演会を行っている。著書多数。

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